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  • 2008.04.12 Saturday
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シャア専用

バンダイ本社ビルのエレベーターは、それぞれいろんなキャラクターの声が案内してくれるらしい。
扉を閉じるボタンを押すとシャアの声で「出る」と言ったり、途中で誰かが乗ってきてエレベーターが止まると「まだだ、まだ終わらんよ」とか言うそうだ
他にも、仮面ライダー本郷猛(藤岡弘さん)の声で「下に行くぞっ!とぉ〜っ!」、アムロが「行きまーす!」とか叫ぶらしい。
興味のある方はぜひ一度お試しあれ。

ガチャピンとムックは師弟関係

実はガチャピンとムックは師弟関係。ガチャピンが師匠、ムックが弟子らしい。が、これは初期設定であり、現在ではあいまいになっている。しかし、よくよく見てみると、ムックはガチャピンに敬語を使うことがあるが、ガチャピンはムックに対して決して敬語を使わない。

・ガチャピン
南国生まれの恐竜の男の子。四月二日生まれだが、年齢は永遠の5歳。体は緑色で両手首に7個ずつある緑色の球体は、エネルギーボールと呼ばれ勇気と力の源とされている。身長は165cm、体重は80kg。
以前はのんびりとした内気な性格であったが、冒険心旺盛なスポーツマンという性格が前面に押し出されるようになり、スキー、ロッククライミング、スキューバダイビング、ハンググライダー、スクーバダイビング、空手(極真空手初段)、体操、ボウリング、フィギュアスケート、宇宙飛行にまで挑戦している。地球環境問題にも非常に興味を持っている。

・ムック
北極近くの島で生まれた雪男(イエティ)の男の子。ガチャピンと一緒の四月二日生まれで、年齢は永遠の5歳。体は毛むくじゃらで赤色である。
性格はのんびり屋で慎重派。また食いしん坊で、大きな口を開けて食べ物を投げ込む姿がユーモラス。頭上にあるのは、雪国生まれで暑さに弱い体を冷やすためのファンとされている。決してタケコプターのように空を飛ぶ道具ではないのだが、以前空を飛ぶのに使用しているアニメーションのシーンがあった。身長は185cm、体重は110kg。



「燃えよ、ドラゴン」では

映画「燃えよ、ドラゴン」の中で、ブルース・リーが大勢の敵と戦う場面がある。問題の場面は、戦っているブルース・リーの背後で寝転がってくつろいでいるエキストラがいるとのこと。
ちなみに、この寝転がっていたこのエキストラ、これ以後連絡が取れなくなって現在は行方不明だとか

ドラえもんの最終回

ドラえもんは藤子・F・不二雄の大人気漫画
1973年からた日本テレビで放映され、1979年からのテレビ朝日版は現在も放映中。
さて、いまだに放映を続けている「ドラえもん」に、なぜ最終回が存在するのか?
理由の1つは、「ドラえもん」は学年誌と呼ばれる各学年の子を対象とした雑誌の『小学四年生』に連載されていた。毎年三月になると読者が進級して読まなくなるので、それまでの話を終わりにして四月から新しい話を始めることが多かった。
2つ目の理由は、日本テレビ版のアニメが終了した事や作者が新しい連載を抱えていた事情などがあり、一時期は本当の最終回にするつもりで構成したため。
しかし、次回作を考えていた作者の頭からドラえもんの事が離れず、思い直してドラえもんは続けられたとのことであった。
『小学四年生』1971年3月号と1972年3月号、『さようなら、ドラえもん』の三作品が藤子・F・不二雄が手がけたドラえもんの最終回である。
これに日本テレビ版のアニメにおける最終回を合わせた四作品が公式の最終回といえる。
また、『さようなら、ドラえもん』とその続編『帰ってきたドラえもん』は、二作品を合わせた『帰ってきたドラえもん』として1981年にTVアニメ化、1998年に映画化されている。
さらに、一部では「全てが植物人間化したのび太の夢だった」や「ドラえもんの発明者はのび太である」という話もあるがこれらは都市伝説的な噂であり、本物ではない。

また、最終回ではないものの、実質最終回的な雰囲気を踏まえて製作された作品として『45年後…』や『ドラえもんに休日を!!』がある


それぞれの詳しい話は次へ記しておく
続きを読む >>

スラムダンクのモデル

これはスラムダンク世代のバスケットマンとして調べるしかありません

・武蔵野北高校
湘北高校の美術的なモデルと思われる高校。東京都武蔵野市に存在する。
この地区の公立高校では都立武蔵高校に次ぐ進学校だそうです。
武蔵野北高校以外でも、特に1巻・2巻から出てくる場所はほとんど都内がモデルに使われています。湘北高校は校舎内も体育館以外にもいろいろな場所が描かれていますから、詳細に取材できた都内の学校がモデルになったのでしょう。

・鎌倉高校
陵南高校のモデルと思われる高校。神奈川県鎌倉市に存在する。
ここも県下有数の進学校。
あまりにもシチュエーションが良すぎて勉強する気にならないという「鎌ボケ」という言葉が存在するそうです。真実は闇の中w


・仙台市立富沢中学校
海南大附属高校の美術的なモデルと思われる高校。IH予選会場のモデルの仙台市体育館の近くです。
名前と設定のモデルは湘南工科大附属高。
謎本(『スラムダンク』超人気の秘密)というには、『井上先生がバスケの試合の解説で「海南のモデル校が湘南工科」とはっきりおっしゃった』との文がある。
ちなみに、「湘南工科大附属高の昔の校長先生が、いつも扇子を持っていて高頭監督に似ていたそう」という情報もある

・松陽高校
翔陽高校のモデルと思われる高校。物語のモデルとなった'80年代の神奈川高校バスケシーンでは国際審判員の顔を持つ阿部監督の指導の下、男子の県大会連続優勝、女子も数度の優勝を数えるなど名門として名を馳せた。当時の在籍者からは現在の各校指導者を輩出している。

海南・翔陽は、おそらく先に「神奈川県内のバスケの強豪校」としての設定があり、そこで湘南工科大附属高と松陽高校がモデルとして選ばれ、そして名前がかなり似たままで使われたこともあって、これらの高校がモデル校として有名になった、という経緯のようです。初めにモデル校を選ぶことで、そこからキャラを作っていったようです。 また校舎自体のモデルとしては使われていません。


・日本体育大学
赤木を勧誘しにきた深沢体育大学のモデルと思われる大学。日本体育大学東京・世田谷キャンパスが東京都世田谷区深沢に存在するためその名前をとったものと思われる。また日本体育大学は大学バスケット界の強豪として知られ、劇中の設定とも重なる。

・能代工業高校
山王工業高校のモデルとなった高校。同じ秋田県であることやユニフォームのデザイン、オールコートディフェンスを得意とするプレイスタイル、ベンチ入りできなかった選手たちの応援スタイル、全国大会前にOBとの練習試合の実施、監督が比較的若いことや、常に満員になる観客動員力、田臥勇太を輩出するなど実際に何度も全国大会連覇を経験している高校バスケ界の強豪として知られ、劇中の設定とも重なる。
なお、能代市とは異なるが秋田市中心部には山王の地名が実在する。

これはとても有名話だから言わなくても良かったかな・・・?



おまけ
20061215_69252.jpg
鎌倉〜藤沢を結ぶ江ノ島電鉄、通称「江ノ電」の踏み切り越しに湘南海岸を眺める。
アニメ版のオープニングで春子が手を振っていた踏み切りではないでしょうか?

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